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東京地方裁判所 昭和36年(レ)563号 判決

控訴人 東郷実一

被控訴人 勝裕衛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

但し、原判決は請求の減縮によつて次のように変更された。

控訴人は被控訴人に対し、別紙目録〈省略〉記載の建物の内一階玄関から向つて右側四番目六畳の部屋一室を明渡せ。

控訴人は被控訴人に対し、昭和三十一年十二月一日以降、右部屋明渡し完了迄、一ケ月金三千円の割合による金員を支払え。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、なお控訴人に対する金二千五百十七円の延滞賃料の請求はこれを減縮する旨述べた。

被控訴人訴訟代理人は請求の原因として、被控訴人は別紙目録記載の建物の所有者であるが、その内一階玄関から向つて右側四番目六畳の部屋を控訴人に昭和三十一年十二月一日賃料一ケ月金三千円毎月末日限り翌月分前払、期間を昭和三十三年十月末日迄と定めて賃貸した。

ところが控訴人は、昭和三十一年十二月分以降の賃料を支払わないので、被控訴人は控訴人に昭和三十二年五月二十四日付書面で昭和三十一年十二月一日以降昭和三十二年五月末日迄の延滞賃料を右書面到達の日から五日以内に支払うよう催告し、同時に、もし右期間内に支払いがない場合には賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示をしたところ、右書面は昭和三十二年五月二十五日控訴人に到達した。しかし控訴人はその催告期間内である同月三十日迄に延滞賃料を支払わなかつたので右期日の経過により賃貸借契約は解除された。ところが控訴人は賃借部屋を占有し返還に応じないので、右部屋の明渡しと前記滞納の始期以降契約解除迄の賃料およびそれ以降明渡し完了に至る迄賃料相当損害金の支払いを求める、と述べ

控訴人の相殺および地代家賃統制令適用の主張事実を否認すると述べ。別紙目録記載の建物は元は工場であつたのを昭和二十六年八月中当時の所有者が大改築を加え、数十個の室に間仕切をして構造をかえかつ用途も工場から貸室用共同住宅に変更し、このような大規模な改造の結果この建物はその同一性を失わないとしても改築の際新築されたものと同視すべきもので地代家賃統制令の適用を除外される建物であると述べた。

控訴人は、答弁ならびに抗弁として、控訴人が被控訴人からその所有の建物のうち主張の部屋をその主張の内容で賃借りしたことならびに、被控訴人から控訴人に主張の日時に書面で延滞賃料の催告と停止条件付契約解除の意思表示がされてこれを受領した事実は認めるが、その余の事実は否認する。控訴人は、係争建物の修理費に支出した費用と昭和三十一年十二月の賃料とを対当額において相殺したので、同月分については賃料延滞はない。又昭和三十二年一月分以降の賃料についても、元来、この建物は昭和二十五年七月十一日よりはるか以前に建築されたものであるから、その賃料も地代家賃統制令の適用を受けるべきであつて、同令によつて賃料を計算すると、昭和三十二年三月迄は一ケ月金六百五十八円同年四月以降は一ケ月金六百六十四円となるべきものであつて控訴人は、昭和三十二年一月頃被控訴人の代理人である越田清に一月分の賃料として右統制額以上の金千五百円を弁済のため現実に提供したが受領を拒絶されたので、同月分を二月十五日に、又その後の賃料については受領を拒絶されること明らかであつたから提供しないまゝ、二、三月分を五月二十三日に、四、五月分を五月三十日に、いずれも弁済のため統制額以上の各月一五〇〇円宛を供託した。従つて控訴人には右期間の賃料延滞はない。仮りに控訴人に賃料滞納の事実があつたとしても、被控訴人のした契約解除の前提としての賃料催告は、統制額を著るしく超過するものとして無効である。以上の理由で被控訴人のした停止条件付契約解除は不適法で効力を発しないから本訴請求はいずれも失当である。

と述べた。〈立証省略〉

理由

昭和三十一年十二月一日、被控訴人と控訴人との間で別紙目録記載の建物のうち一階玄関から向つて右側四番目六畳の部屋について被控訴人主張の内容で賃貸借契約が成立したこと、および被控訴人から控訴人に対して文書によりその主張の内容の延滞賃料の催告および停止条件付契約解除の意思表示がされ、右書面は、昭和三十二年五月二十五日控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。又控請人が右賃借部屋を占有していることは弁論の全趣旨で明らかである。

そこで以下控訴人の抗弁について判断する。

先ず、控訴人は、別紙目録記載の建物の修理費を自ら支出しているので、これと昭和三十一年十二月分の賃料とを対当額において相殺した旨主張するが、全証拠を精査しても、控訴人が右建物を修理するについて費用を支出したと認めることはできないのでこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

次ぎに、昭和三十二年一月分以降の賃料支払の点について検討すると、成立に争いのない乙第十二号証ないし第十四号証によると、控訴人は、昭和三十二年一月分として金千五百円を、同年二月十五日に、又同年二、三月分として計金三千円を同年五月二十三日におよび同年四、五月分として計金三千円を同年五月三十日に、東京法務局に賃料弁済のため、供託した事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで、控訴人は本件賃貸借契約の賃料については地代家賃統制令の適用があつて前記供託は、同令による適正賃料に基づく弁済で債務の本旨に従つたものであると主張するのでこの点について考えてみる。成立に争いのない甲第二号証ないし第五号証、および原本の存在ならびに成立に争いのない乙第十五号証に、原審の検証の結果を綜合すると、別紙目録記載の建物について、当初建築された日時その規模、構造、素材、およびその後の改造、殊に昭和二十六年七月頃に施行された増改築工事の規模態様材料方法、内部の間仕切と設備、および右工事の結果できあがつた建物の構造目的等に関し、原判決認定の事実(原判決八枚目表七行目本件建物は以下、九枚目表十行目認められる迄。)を認めることができるのでこれをこゝに引用する。そして他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。そして、地代家賃統制令が昭和二十五年七月十一日改正され、同令第二十三条第二項第二号において、同日以後新築に着手した建物について特にその適用を除外した主旨は原判決が説示するとおり、建物所有者に貸家建築資金の投資に見合う利潤を得させることによつて、民間の住宅建設を促進させるとともに、当時における住宅事情物価の安定状況から賃料が急騰する可能性が薄くなり、これを統制する必要がなくなつた等の事由に基づくものであるから、前認定の程度に増改築された本建物は、同条の立法主旨に照らし、向条掲記の「新築の建物」の範疇に入り、同令適用除外例に該当するものと解するのが相当である。そうすると、控訴人は、契約の約定に基づく賃料を支払う義務があるのに、前記供託以外の賃料を提供したことについての主張立証のない本件においては、たとえ右弁済のための供託があつたとしても、それは債務の本旨に従つたものではないから弁済の効果を発生しない。従つてこれについての控訴人の主張は又理由がない。

従つて控訴人が賃料を延滞したことによりこの支払を求める被控訴人主張の催告および停止条件付契約解除の意思表示は有効であつて、期日である昭和三二年五月三十日の経過とともに本賃貸借契約は解除されたものといわなければならない。

以上の理由で控訴人は被控訴人に対し、賃借部屋を明渡し、且つ昭和三十一年十二月一日以降前記契約解除の日迄一ケ月金三千円の割合による賃料および右契約解除の翌日以降部屋明渡し済みに至る迄賃料相当損害金を支払う義務があること明らかであり、この履行を求める被控訴人の請求は正当であつて、これを是認した原判決は相当であるが、被控訴人訴訟代理人は当審第二回口頭弁論期日において、控訴人に対する金二千五百十七円の延滞賃料債権の支払を求める部分について請求を減縮したので原判決はこの範囲で当然変更されるべきものである。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野宏 小堀勇 岡田潤)

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